鈴木徳之(レックアイ社長)の経歴や家族は?高校や大学と出身地域も特定!

不動産関連のIT企業で労災認定が下りたことでニュースになっていますね。

当時28歳の男性が最高に月194時間もの残業をするという、もはや人間がするものとは思えないような労働の末、くも膜下出血で死亡しました。

その会社はどこなのか、当サイトにより徹底調査したところ、

株式会社レックアイの可能性が非常に高いことが判明しました。

ここでは、社長の経歴や家族、出身地域や高校大学まで、洗いざらい調査してきました。

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なぜ、株式会社レックアイだと言えるのか?

以下は別記事の引用なのですが、ご覧ください。

極悪非道な不動産関連IT企業とは、どこなのか?

分かっていることは以下の条件です。

  • 東京都豊島区のIT企業
  • 不動産関連の会社である

ということ。

以下、条件に当てはまる候補を挙げていきます。

あくまで候補であり確定ではないため、誹謗中傷などには十分お気をつけください。

当サイトも皆さまが当該企業を調査する代役として、皆さまに検索結果をシェアするという位置づけで行っていきますのでよろしくお願いいたします。

候補1.株式会社レックアイ

所在地:東京都豊島区南池袋2丁目30-17 朝日生命南池袋ビル6F

事業内容:不動産システムのパッケージ製品の開発など。

不動産会社向けIT化支援コンサルティングサービス(2003年11月~ )から始まった会社のようです。

上記のように、「株式会社レックアイ」は、今回考えるべき最低限の条件である

  • 不動産関連IT企業
  • 東京都豊島区の会社

という特徴が合致しています。

ただ、これでは決め手になりません。

そこで、よくニュース報道を洗い直しました。

そこで当サイトが目に付けたのは、このややもの珍しい呼称でした。

昨年7月にチームリーダーに昇格すると、「専門業務型裁量労働制」が適用された。

出典:Yahoo!ニュース

何かというと、

単なる「裁量労働制」という単語ではなく、

「”専門業務型”裁量労働制」

という単語です。

これに引っかかりを覚えました。

もしかすると、これが手掛かりになるのではないか?

そう考え、株式会社レックアイを洗い直しました。

そして、これを発見したのです。

色を付けた部分をご覧になって、いかがでしょうか。

はっきりと、専門業務型裁量労働制と書いてあります。

それだけではありません、「PL、PMは~」などと書いてありますが、それはプロジェクトリーダーを示す略語です。

そして、それは前述の、

チームリーダーに昇格すると、「専門業務型裁量労働制」が適用された。

という部分と符号します。

ここまでの説明をもとに、株式会社レックアイが当該の不動産関連IT企業であるかどうか、判断を下すとすれば、

限りなく黒に近いと言えるでしょう。

さて、そんな会社の社長とは一体・・・?

早速調べていきますが、まずはここまでを一旦投稿します。

このさきは随時追記していきますので、ここまでの考察に信憑性があると感じた方はシェアしていただけると幸いです。

日本の労働環境が少しでも改善されることを希望します。

続報

過労死男性の働いていた会社は、株式会社レックアイで確定しました。(NHKのニュース報道による)

以下、社長に関する追記です。

レックアイ社長の鈴木徳之の出身や高校・大学、その後の経歴

簡単なプロフィールから。

  • 1962年生まれ。年齢は55歳(2018)。
  • 1985.3 防衛大学校理工学部土木工学科卒業
  • 1985.4 大京観光株式会社<現(株)大京>入社
  • 2003.10 (株)大京退社
  • 2003.11株式会社リアルチェンジイニシアティブ設立<現:株式会社レックアイ>
  • 2006.08 「株式会社レックアイ」に社名変更

という感じ。

出身は宮城県塩竈(しおがま)市。

高校は宮城県立仙台第三高等学校、大学は前述のとおり、防衛大学校の理工学部を卒業されています。

大京に勤めている時代から、情報システム部門にてマンション分譲事業システムの企画・開発・運用に従事していたようです。

また、事務企画部門にて新築マンションのインターネット標準化に従事し、それが「日経優秀商品賞」を受賞するなど、華々しい経歴をお持ちです。

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レックアイ社長の鈴木徳之のご家族や人柄は?顔画像も

1991年にご結婚されています。

お顔を拝見した印象ではありますが、物腰柔らかそうな方ですね。

実際の人柄がわかるエピソードなどはないか、リサーチしたところ、

  • 柔道2段、空手初段である
  • 中学高校で柔道を、高校の途中からは空手も始めている超体育会系
  • 防衛大学校で「三地獄」と言われていた空手道部で鍛え抜かれている
  • 中学時代は柔道部と写真部を掛け持ち。
  • 写真部では部長を務め、写真のコンテストで入賞もしている

つまり、文武両道、そして我慢強い。

おそらく体育会系の中でも最高レベルに過酷な所を生き抜いてきた方であるということが分かりました。

そのような背景を考えると、

「それくらいでなんだ!気合が足りん!」

みたいなことを思ってしまう人なのかな・・・?

という用にも見えてきてしまいます。

労働環境については、どのようにお考えだったのでしょう。

高いレベルの成果物を求めるあまり、社員、特にチームを率いるリーダーなどには高い要求をしてしまったのかもしれません。

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